桜が満開に生い茂る頃、例の一味は例の如く、例の古本屋に居た。
春眠不暁覚
「全く。用もないのに来るんじゃない」
古本屋の主人は、普段でも不機嫌そうな顔に更に皺を寄せ呟いた。
「僕はちゃんと一緒にこのおじさん連れ戻しに来たんですよぅ」
「だったらさっさと連れていったらどうだい益田くん」
「だって爆睡してるじゃないっすか。起こせませんよ僕ぁ」
益田は斜め前で畳に突っ伏している榎木津を見る。
見事なまでに寝入っている。
「あれだけ眠ってるおじさんを起こそうなんて小心者の僕には出来ませんよ。ねぇ、ちゃん」
「そんなの、私にだって出来ませんよ」
益田はに同意を求めた。
は笑顔でころころと笑う。
柘榴がゆるりと縁側からおりた。
「ところで、関口くんと伊佐間くんは何故此処に来たのかね」
中禅寺は縁側に視線を向ける。
そこには朴訥な瓢箪鯰と猫背の猿が坐っている。
「ええと、なんとなく」
「あ、その、僕は―――うぅ」
二人の返答に中禅寺は頭を抱える。
結局彼等は、本当になんの用もなく此処へ来たのだ。
ただひとつ、個人的な感情を除いて。
(―――君達はに逢う為に此処へ来たのだろうに)
無言の威圧である。
ただでさえ兇ろしい顔の中禅寺が思い切り嫌な顔をしているのでとても怖い。物凄く怖い。
「ああ、早く榎さん起きないかなあ。お邪魔ですよね、私」
ははにかみ乍ら中禅寺に云った。
(―――全然お邪魔じゃない。)
榎木津以外全員が心の中で呟いた。
それもその筈で、が居なくなれば自分がこの京極堂にいる意味がなくなってしまうのだ。
中禅寺はニヒルに苦笑して云う。
「まあ、確かにね。でも僕としては意味もなく此処に居座っている輩の方が邪魔かな」
「じゃ僕は良いんすか」
「君もだよ益田くん」
「げえ」
益田は眉を八の字にしてひどいすよ中禅寺さんと泣きそうな声を出した。
榎木津は未だ起きる気配がない。
伊佐間と関口は何を話すでもなくただ呆としている。
彼らにとってはの声が聞けるだけでも幸せなのだ。
人はそれを遍く純情という。
春の日差しは暖かい。
今日も絶好の昼寝日和である。
も例に漏れず春の陽気に当てられて、暫くすると急激な睡魔に襲われた。
くあと小さく欠伸をする。
「―――ご、ごめんなさい。なんだか―――眠たくなっ、ちゃいま、した、」
既に語尾があやふやだ。そんな姿も可愛らしいと彼らは思う。
そしてもう一度大きな欠伸をして、が頭を預けたのは、
朴訥な釣り堀屋の膝の上
偏屈な古本屋の肩
小心者の小説家の傍
調子のよい探偵助手の背中
薔薇十字探偵の隣