「結婚してくれッ!」



野太い声が昼下がりのセラス湖に響き渡った。

















とワンダーランド

















「いい、加減に、して下さい、カヴァヤさん!」



私は全速力で走り乍ら叫んだ。








ちゃーん!そこまで逃げられると俺かなり落ち込むんだけど!」



「落ち込ん、でるなら、追いかけてこないで下さいッ!」






息も絶え絶えに叫び、レツオウの食堂へと駆け込む。
















実を云うと、私はカヴァヤに求婚されることに最早日常性を感じはじめていると思う。



―――少し自己嫌悪に陥った。







顔を合わせる度に口説かれては、正直堪ったものではない。


何とか打開策を見つけようと思案しつつ、視線を泳がす。





すると、














「ああ、殿じゃないですか」



「…なんかめちゃめちゃ走ってるんすけど大丈夫っすか」





ひらひらと手を振るヤールと心配そうなゲッシュが居た。





















「あ、良い事思い付いた」



「は?」





「いえ、こっちの話です。こんにちは。ヤールさんにゲッシュさん。助けて下さい」



「いや意味わかんねえっす」





ゲッシュは眉を顰めた。











「ははあ、さてはカイル殿かカヴァヤ殿ですな」



ヤールは面白そうに云った。










「流石ヤールさん、分かってらっしゃる。


 では分かったついでにちょっと猿芝居に付き合って下さい」





「はい?」




そう云って、私はヤールの腕をとった。




















「あ、ちゃん!俺と結婚してくれッ!」



汗だくになり乍ら走ってきたカヴァヤが云う。









「カヴァヤさん…あんたなにもそこまで…」



「うるせえ農夫!俺は本気なんだッ!」







ゲッシュは既に呆れ返っている。








私は出来うる限り憐れそうな表情でカヴァヤを見た。


こう云う時だけ自分の演技力の無さを怨む。自慢じゃないが私は普段から鉄皮面なのだ。















「―――ごめんなさいカヴァヤさん。私、一つ黙ってたことがあるんです」



ちゃん?」







「私には、ヤールさんというれっきとした こいびと が居るんです」



「なにいいいい!」



「え!?そうだったんすかさん!」





何故かゲッシュまで驚いていることに噴出しそうだ。


意外と演技力は有るのかも知れない。






「だから貴方の気持ちは受け取れないのごめんなさい、ね」






些も『こいびと』であるかのようにヤールにもたれ掛かって小首を傾げる。



そのまま上を見上げてヤールに視線を送った。








ばちり。



目が合う。








瞬間。







ぐい、と。



引き寄せられた。








いつの間にか私の腰にヤールの無骨な指が回されている。



ひやり、とした。









「カヴァヤ殿、申し訳ありませんがこれこの通り、俺とはこういう仲でして」





―――


(呼び捨てだ呼び捨てだ呼び捨てだ)








俯く。顔が熱い。











「これ以上付き纏われちゃあ、こちらとしても黙っちゃおれんのですが」



「―――ぐ、う」




ああ、私も何か云わなければ。







しかし上げかけた顔は顎に添えられた指によって向きを変えられてしまった。












、怖かったろうに」












ヤールと、向き合う。彼が近付いてくる。そして、
















額に温かい感触。




























「―――ッ」






「うおッ」


「ち、畜生おおおおおおお!!!」




雄叫びとともに大粒の涙を辺り一面に撒き散らしつつアーメスの野獣は走り去っていった。











































「どうです殿。俺、なかなかの演技力でしょう」


「ええっ!あれ演技だったんすか!?」







「ゲッシュくん…君、話聞いてなかったの…」


「で、でも、額に……き、き、キスまでしたのにっ!」






「あー、あれはまあ、ね。ご愛嬌ということで。


 ―――どうされました殿?」











ニヒルに笑うその顔すら、もう、直視できなくて。



悔しいから、未だ腰に回されている指を抓ってやった。








「いたたたたた」


「最後のは、はんそくです」









くるりと踵を返し、足早に歩きだす。


後ろからゲッシュの声がするが聞こえないふりをした。
















































不覚だ。








多分、一生の不覚。



























顔が火照っている。何故だか涙が零れそうだ。


































―――ああ、もう。










































(惚れてしまったじゃないか)































―――――――――――――――――――――――――――――――――



デコチュー!!


策士を気取ってるけど実は純情な人が書きたかった。



2007.3.14