フェミニン・フレンチ・キス






息が出来ない。

いや、正確には酸素を吸おうにも唇が開かない。何かが覆いかぶさって私の呼吸を完全に妨げているのだ。
下っ端事務員でも暗殺対象にはなり得るのかしらと在らぬことが頭を過ぎる。





しかしもう限界だ。ああ、苦しい、苦しい、苦しい、苦、しい、












「―――ッぷは、は、っ」

「ふあ、ちゃん。おはよー」




「…こ、小松田くん」















にへえと笑うヒラ事務員を見て、軽い眩暈がした。













「あの、ここ、私の部屋、なんだけどな」
「うん。あのね、ちゃんがいつまで経っても来ないから、心配で見にきたんだ」


「ああ、私今日お休み貰ったの」



「え!そうだったの?」

「…吉野先生から聞いてなかったんだね」







今日は月のものが特に酷かったので、新野先生に相談してお休みを貰ったのだ。
文次郎くんなんかがそれを聞いたら布団から引きずり出されそうだが、本当に立っていられない程酷いのだ。
無理をすれば逆に迷惑がかかる。















「ところで、さっきまで私なんだか色々大変だったんだけどね、小松田くん、何か知らないかな」
「へ?」







さっきまでのあれはなんだったのだろう。巷で噂の暗殺者の人達かな。
ぼんやりと考え乍ら小松田を視る。






















「色々大変、ってなあに?」
「息が出来なかったの」






「ああ、それは僕がちゅーしてたからだよ」














―――ん?















駄目だ。頭の回転が追い付いていないぞ。彼はなんと云ったのか。理解しろ理解しろ。





















「ん、あの、ええと、」
ちゃんの寝顔見てたら ちゅーしたくなっちゃったの。ごめんねー」





いけない。もう言葉が出てこない。自身でも判るくらいに赤面しているじゃないか。ああ、もう。















がしりと肩を掴まれた。

瞬間、無意識に硬直する体にまた赤面する。













「ねえちゃん、もう一回」
「え、」


「もういっかーい」









ぎゅううと抱き着いてくる小松田を見ていたら、なんだかもう吹っ切れてしまった。
半ば自暴自棄になりつつ、ぽんぽんと小松田の背中を叩いてやる。










「だめえー?」





「―――解った解った」







「ふえ、良いの?」

「うん。良いよ、もう。小松田くんの好きにしちゃえ」







「うわーい」





両頬に手を添えられる。向かい合う顔。
あれ、ちょっと美形かも。


くいと引き寄せられる。もう、どうにでもなれ。













































「おいこら!!生理ごときで仕事休むん、じゃ、ね、―――」
















語尾は殆ど聞き取れなかった。多分、絶句したのだろう。

それはそうだ。小松田が寝巻の私に跨がって今まさにちゅーしようとしているのだから。




















「あ、文次郎くん。おはよー」

「おはよーじゃねえよ!あ、あんたに何してんだ!!」




















襖を開け放った状態のまま文次郎は喚いた。
ていうか小松田くん、凄まじくマイペースなんだね。

























「えー、それはねー」


「み、みみ皆まで云うなバカタレ!!
 ッああもう我慢ならん!あんたとは一回きっちり話付けときたかったんだ!ちょっと来い!!」








憤怒の形相凄まじく走り寄った文次郎は、そのまま小松田の襟首を掴んで引きずっていく。












「うわーんちゃーん!もう一回はまた今度ねー」

「ッな、てめえもう一回ってなんだこら!!」







ばこん、と何かを殴る音とそれに続く甲高い悲鳴を上の空で聞きながら、私は二度寝に興じることにした。

突如現れた文次郎くんに感謝すべきか憎むべきかは、私にはまだ分からなかった。














―――――――――――――――――――――――――――――――――

小松田君は平気でこういう事すると思います(暴言
彼はきっと「男」と「女」という自覚はない。

2007.7.20