現在地、旦那のアパート。






私は貴方と他愛の無い話をする時間が一番幸せです。






夕暮れの紅に







「ねぇ修ちゃん」
何気なくふと頭に浮かんだ言葉をそのまま発してみた。



「誰でぇ修ちゃんてのは」



当然名前を呼ばれた本人は驚くわけで。
私は敷かれた座布団に座り直し乍ら答えた。


「私の目の前に居る豪傑刑事さんのことです」
「俺ぁ木場修太郎だ」



目の前の厳つい刑事は、もともと厳つい顔に更に皺を刻みつつ言った。




「だって榎さんが言ってましたもん」



榎さんとはこの刑事の幼馴染(木場さんは腐れ縁といっているのだが)、榎木津礼二郎のこと。
私が現在お世話になっている人のことだ。

尤も、当の榎さんも何だか子供のような人で
どちらが"お世話になっている"のか分からないと私は思う。



「礼二郎が"修ちゃん"ってか」
「ハイ。"修ちゃん"ってです」

「あのヘボ探偵の云うことなんて鵜呑みにするんじゃねぇよ」



木場さんは心底嫌そうに煙草に火を点けた。
つんとした香りが狭い部屋を覆い尽くしていく。

木場さんと話すようになってから、この香りにも段々と慣れてきた。





「でも可愛いじゃないですか」
私は思ったままを平然と口にする。
そんな私を見乍ら、木場さんは眉根に皺を寄せつつ苦笑した。


「…この俺に似合うと思うか?」
「えっ?う、…うーん……」

流石に考え込んだ私に追い討ちをかけるかのように、豪傑刑事は言い放った。


「ホレ見やがれ馬鹿野郎。
お前さんはいつも通り"木場の旦那"でいいんだよ」

「えー!それじゃつまらないですよぅ」

「さっきは似合うかどうか考え込んでたじゃねぇか馬鹿。
ほらもう外暗ぇだろ。ガキはさっさと帰れ帰れ。」
「うぅ……」

どこぞの前衛小説家のような声をあげる私を、刑事は玄関へと追い立てた。




外はもう夕暮れ時だ。
窓から見える西日が煌々と部屋を照らしている。






「じゃぁまた遊びに来ますからね。

 "木場の旦那"」


「おぅよ」



分かりゃぁいいんだ。
そう言って強面の刑事はくしゃくしゃと私の頭を撫でてくれた。



ごつごつした手が心地良い。
私は木場さんのこの仕草が一番好きだ。

自然と顔が綻んだ。





これが毎日続けば良いのに。





閉まった扉を眺め乍ら、柄にも無く悲しくなった。










行き先を告げていないのにどうやって居場所が分かったのか、それともただの偶然か
曲がり角で榎さんと鉢合わせた。

彼曰く、「神は何でもお見通しなのだ!」そうだ。
大方寅吉さんにでも聞いたのだろう。


そんな探偵と共に帰路を辿り乍ら、







私はあの厳つい刑事を想っている。













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去り際シリーズ。

日記に載せた物のロングバージョン。

鈍感な刑事と純な学生。


2005.11.17