控えめに開かれた襖の向こうで眉根を寄せたが固まっていた。
「…何してんですか」
「やあ外は寒かっただろうさあ僕の膝においで」
「いや膝も何もぎゅうぎゅう詰めじゃないですか」
年明け早々運が良いのか悪いのか、僕らは同じ日同じ時間、同じように京極堂に集まった。
(いや、これは確実に運が悪いな)
しかし主のいる床の間にはこたつが一台しかない。当然、皆暖をとりたい。
而してこの状況である。
大の男六人が小さなこたつに―――詰まっているのだ。
(主人である中禅寺は、普段より数段凶悪な顔になっている)
「ほらほら、此処」
榎木津が己の膝を叩いて云った。
「やですよ恥ずかしい」
「何を云う、神の膝はあったかいゾ!いつも座ってるじゃないか」
「…榎さんは手つきが鄙俗しいから嫌なんです」
「だって柔らかいんだも
がん、
榎木津の言葉はちゃぶ台を叩く音で遮られた。
そのまま叩き割らんばかりに打ち付けられた拳の主は、誰あろう木場である。
憤怒の形相凄まじく榎木津を睨んでいる。(ちょっとだけ零れたお茶に関口があたふたしていた)
「手前ぇ礼二郎この野郎に何してんだこらッ!!」
「旦那、あの、お、落ち着いて…」
「煩ぇ関口ッ!」
「うぅっ、」
憐れ小心者の小説家は伸ばしかけた手を無意味に右往左往させて硬直した。
隣に詰まっている伊佐間が関口の肩を叩き、人差し指を己の口に当てた。
(黙っていろ、と云う意味か)
「嫉妬は見苦しいぞ豆腐男」
「誰が手前ぇなんぞに嫉妬するかよ!畜生もう我慢ならねぇ。!あの馬鹿んとこ座るくらいならこっち来い」
いや、それは十分嫉妬だと思うが。
「ええと、木場さんあの、こ、恐い、です」
「ほぅらやっぱり拒否された」
「煩ぇってんだよ!!」
「―――静かにしてくれませんかね」
深い、透った声が響いた。
中禅寺である。
「喧嘩なら外でやってくれませんか。ああそれとくん、そのままだと冷えてしまうよ。早く座りなさい。
ほら、丁度僕の隣が空いている」
云い乍ら、漸く本から顔をあげた。を視る。口許には、妖艶な笑み。
―――逆らえない。
(少なくとも、僕は)
「…云ってることは榎さんも京極も同じじゃないか」
「さっきからきぃきぃ喚くんじゃないよ猿。猿猿」
「うっ」
「猿猿猿」
「ううぅっ」
又しても余計なことを口走った関口がゆらゆらと揺れている。
此処からでは見えないが、きっとこたつの中で榎木津に蹴られているのだろう。
「精一杯の反抗のつもりかね関口君。片腹痛いよ」
先程の妖艶な笑みとはうって変わった恐ろしい顔で中禅寺が嘲笑していた。
「ちゃんちゃん」
「なんです伊佐間さん」
「うん」
へらあと笑った伊佐間は、己の膝を指差した。
―――あんたもか。
「おいこら何してんだ釣り堀屋ぁ!」
「うん」
「うん じゃねぇよ馬鹿野郎!!」
席ひとつでここまで騒然となるものだろうか。
当然のこと乍ら何も云えない僕は、この喧々囂々とした空気の中でただただ恐縮した。
「ああもう皆さんうるさいです!私勝手に座りますからね」
ぷりぷりと怒り乍らが向かった先は、先、は、
………僕?
「お隣り失礼します」
「え、あ、はぁ」
ちょこんと僕の隣に腰を降ろしたは、どんぐりのような瞳をこちらに向けた。
(少しだけ恥ずかしかった)
加えて五人分のどす黒く禍々しい視線も全く容赦無く僕を貫いた。
(少しだけ生命の危機を感じた)
「皆さん私を子供扱いしすぎですッ。席くらい自分で決められます。ねー、下金さん」
「へ?」
―――下金ってだれだ。
第一次こたつ戦争
(あの、僕、本島と云います…)
(えっ、下金ゴンザレスさんじゃないんですか?)
(………)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
落ちは本島君で。それにしてもえのさんがへんたいだ。
下金ゴンザレスの名前は榎さんの入れ知恵(知恵?)です。
2008.2.18