稚拙サディストと無気力マゾヒスト






追い詰められた。




天井から降ってきた無数の苦無は全く無機質に黒光りしている。

私の足首、ふともも、二の腕ぎりぎりに刺さったそれに、少しだけぞくりとした。





「逃げられないでしょうさん。ねえ、」





くつくつと笑うあどけない顔。それでも目だけは笑っていない。
壁を背にへたりこんだ私にゆるゆると近寄り乍ら、笹山兵太夫は一層の微笑を讃えた。




(ああ、不快だ。)























「僕のカラクリ部屋凄いでしょう。さんに見せたくて」



嘯く彼は私の腰に手を回す。小さく細い感触に、やはりまだ子供だと思った。
私の胸に顔を埋めて満足そうに目を細める彼の頭を撫でてやる。






















「笹山くん。私、まだお仕事残ってるんだけどな」



「―――兵太夫」

「え?」



ぱしん、と乗せた手を払われた。






















「兵太夫って呼べって云いましたよね」

「そうだったっけ」



「僕、云いました」



目が合う。整った顔が抑揚もなく私を視ていた。
切り揃えた前髪が、なんだかちょっと滑稽だった。











「―――忘れたんですか」

「ごめんね」
















「じゃあ仕置きです」




云うが早いか口を塞がれた。ぬるりと舌が侵入する。同時に着衣にも指が入ってきた。
やわやわと蠢くそれに眉を歪ませる。





(ああやっぱり、不快、だ。)



























「―――っん、は、」


































すぱん。









さん見つけたー!潮江先輩が呼んでます!大至急です!」


勢いよく襖を開け放ち、疲れ切った団蔵が云った。

(襖が開かれる直前で引き抜かれた舌と指の感触にまた不快指数が上がる)








「ていうかなんで兵太夫の部屋にいるんですか?すっごい探したんですよー」

「団蔵には関係ないだろ。勝手に入ってくるなよ」




表情を変えぬまま兵太夫は云う。












「…なんだよ兵太夫」

「別に」


「はあい、そこまで。 じゃあね兵太夫くん。私文次くんに呼ばれてるらしいから。また遊んでね」






ぽふぽふと兵太夫の頭を叩き乍ら立ち上がる。
不服そうに顔を顰めて、彼は私を見上げていた。












































「…あいつ時々すっごい怖いから、気をつけないと駄目だよさん」


会計委員会の部屋へとことこ歩き乍ら団蔵は云った。繋いだ手に力が篭る。








(おや、少し汗をかいているじゃあないか)














「うん。ありがとう」











はたと団蔵が立ち止まった。手を繋いでいるので必然的に私も立ち止まる。


「なあに団蔵くん」














きっ、と見据えられた。































さんは僕が守ってあげるから」












切なそうな顔が視えた。




























「―――うん。ありがとう」









えへへ、と苦笑した団蔵と共に、私はまた歩き出した。

(けれど少しだけあの不快感に惹かれている己がいることに、私はまた大いなる自己嫌悪をした)














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全ての兵太夫ファンに謝りたい。
こう、無気力に流されるままの人が書きたかったんです。
覚醒しきってないサディストが書きたかったんです。

2007.7.8